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展示内容の御紹介

展示内容の御紹介

  • Stage1 夷島の風景
    北海道では縄文文化以後、本州から取り入れた稲作農耕が伝播せず、引き続き狩猟・漁労・採集を中心とした続縄文文化に移行して独自の文化を歩みはじめます。
    擦文文化は、本州など南からの影響ばかりでなく、大陸やオホーツク海沿岸など北からの影響も大きく受け、アイヌ文化形成の基盤となっていきました。
    かんじきや板綴舟と呼ばれる舟の舷側板など、アイヌ文化へのつながりを感じさせるものが出土しています。

  • Stage2 混住する和人・アイヌの世界
    15世紀ごろ、本州から渡ってきた「和人」が函館から松前・上ノ国にかけての海岸沿いに、館を築きました。
    コシャマインの戦い以後、勢力を伸ばした上ノ国では、勝山館が築かれ、北海道西海岸の交易を掌握していきます。
    近年の発掘で、和人の館とされてきた勝山館から、アイヌの人々がつかったらしい狩猟用具や、和人の墓地のなかからアイヌ墓が発見されました。勝山館が廃絶した直後の遺跡から、シロシと呼ばれる、アイヌ独特の印のある祭具も見つかりました。
    和人地とされてきたところでも、アイヌの人々が混住していたのではないかとする考えもでてきました。

  • Stage3 掘り出されたアイヌの生活
    1980年代以降、日高地方西部の沙流川流域や新千歳空港敷地内にある美々8遺跡、あるいは千歳市長都のユカンボシ遺跡郡では、これまでに類例をみないアイヌ関連資料が多数出土しました。
    これらはアイヌの遺跡を代表するチャシ跡や船着場跡、建物跡、物送り場跡、焚き火跡などの遺構であったり、多量の木製生活用具や構築材、金属製品、骨角器など貴重な遺物ばかりです。
    このような発掘出土品は、文献資料だけでは不十分だった中世から近世にかけてのアイヌの生活を再現し、その変容過程を紐解く貴重な情報をもたらしています。

  • 【沙流川流域】
    沙流川流域の遺跡群では、数多くの鉄製品が発掘され、当時のアイヌの人々が、私たちの想像を超える盛んな交易をおこなっていたと考えられるようになりました。
    シカなどの角や骨を素材にした製品は、その後のアイヌ出世資料と対比すると興味深いものがあります。
    墓も発掘され、太刀や中柄、煙管などを副葬していたことも明らかとなりました。
    また、チャシは砦としてばかりでなく壕によって区切られた「聖域」、また「まつりの場」、「話し合いの場」、「見張り場」、「食糧獲得と関わる場」などに使われたとも考えられるようになってきました。

  • 【美々】
    美々8遺跡ではアイヌ期の大量の木製品が出土しました。形はのちのアイヌ民具に共通性を見出せるものが多いですが、使われている材質や製作技術などに特徴があります。
    渦巻文や線刻など、アイヌ文様とみられるものが刻まれているものもあります。
    発掘されたこれら木製品の保存は、かつてはむずかしいものでしたが、技術の進歩によって可能となりました。